『Like my hands.』















 「キャプテンと鹿先輩ってー、なぁんか微妙だよねー。」


 部室のロッカーの上に乗っかって足をぶらぶらさせながら、兎丸が特に面白くもなさそうに言った。退屈しているらしい。
 「何がだい?」
一瞬目を見張った牛尾も、すぐに普段どおりのにこやかな顔になって、言う。
「んー、なんか、仲良いんだかどっちもなんにも思ってないんだか、それとも嫌ってんのかなんなんだか、みたいな。」
「よく分からないね。」
「うん、だから聞いてんの。」
 着たばかりのシャツのボタンを合わせつつ、うーん、と軽くうなってから、
「…そうだね、確かに微妙かもしれない。」
 何それ答えになってないじゃんと頬を膨らませつつ文句を言うと、例の爽やかな笑顔でははっ、と笑った。
「鹿目くんとは、高校に入ってこの部活に入って初めて顔を知ったような仲だしね。だけどただのチームメイトと言い切れるほど希薄な関係でもない。とはいえ、友達と言い切れるほど交流があるわけでもない。」

 だからこそ、一緒にいて面白いのかもしれない。蛇神くんとかとはまた違う感覚だな。

 特に感慨深げなわけでもなく淡々とそう言った牛尾に、兎丸はやはりつまらなそうにふーんと言った。よく分からないようだった。そのうちに、やって来た司馬と何事か楽しそうに話しながら勝手に出て行った。




















 そういえば、鹿目とは出逢った頃からあまり会話に変化が無い。
 今さらながら気付き、軽く首を傾げる。
 そしてふと、自分の手を包む赤茶色の手袋に目が留まった。









 手袋。鹿目くん。出会った頃。




 思い出せそうな出来事が、ひとつ。
































 「お前、変わってるのだ。」
唐突にそう言ってきた、数日前に顔を合わせたばかりの同級生に、牛尾はしばし言葉を失った。
 「…え?」
「金髪だし、十字架なんかつけてるし。」
堂々と指をさしつつ言う鹿目を見つめ、ボールを磨く手は決して休めることなく、そして思う。
 金髪は世界を探せば普通にいるさ。でもピンクの頭っていうのはそうそういないよ、それにそんな漫画みたいな丸ほっぺもね。
 そう言いたいのをとりあえずこらえ、
「…そうかな。僕の家では普通なんだけど。」
すると、
「変な家なのだ。僕の家だったら、おばあちゃんがショックで倒れるのだ。」
 ショッキングピンクは平気なのかいと聞きたかったが、なんだかどうでもいい気がしたのでやはりやめた。
「はは…まあ、ここにいる限りは僕の家族が君のおばあさんと会うこともないだろう。」
「うん。」
 案外あっさりそう言って、鹿目はすたすたと行ってしまった。見つけたばかりのバッテリー相手である大柄な同級生の元へ行き、やるぞ三象投球練習なのだ新しいカーブ開発なのだなどと言いながら、ネットの陰へと消える。


 「…変わった、人だなあ。」
牛尾の正直な感想は、誰にも聞こえなかった。


























 「それ、取らないのか?」

 部活も終わり、ほとんどの部員が帰ってすでに部室には牛尾と鹿目しかいなかった。
 そんな中、黙々と着替えていたと思ったら、やはり突然にそんなことを言ってきた。
 「……それ、って?」
なんだろうと思いつつ訝しげにそう問うと、鹿目はそのくりくりした大きな大きな瞳をきょとんとさせながら、ひょいっと牛尾の手元を覗き込む。
「この手袋。暑苦しいのだ。」
ぐいと乱暴にひっつかみ、自分の目線にまであげる。参ったなあまだ着替えてるのにとか思いながら苦笑を浮かべ、
「…うん。取らない。」
「どうして?」
「どうして、って…」
「だってお前、ときどき痛そうなのだ。投げる時、打つ時、一瞬痛そうなのだ。傷かなんかがあるんじゃないのか?だったらこんなん取った方が、布が擦れたりしないしかえっていいのだ。」
 まったく躊躇うことも無くそう言い切った鹿目に、牛尾は目を見開いた。
「…よく見てるね。」
「どうでもいいけどその気取った喋り方やめろなのだ。」
「すまない。」
「で、どうなのだ。」
 答えはせずにしばし相手を見つめる。本当なら誰かに喋ったりはしない。
 だがどうせそのうち合宿やらなにやらがあれば何があるのかくらいはバレる。そう思い、ふふっと笑って言った。
「…まあ、その通りかな。傷はある。」
「だったら、」
「だけど取ることは出来ないね。」
 きっぱりと言った牛尾に、鹿目はなぜ、といった表情をあからさまに出す。
「あんまり見て気持ちのいいものじゃないからさ。」
「へえ。傷って普通そういうもんなんじゃないのか?」
「野球で出来るような傷とは違うんだ。…火傷だからね、ぱっと見た限りじゃもう人の肌になんて見えないよ。」
 笑顔でそう言う牛尾をじいっと見つめ、むしろこれは睨んでるんじゃないかと牛尾が思い始めた頃になって、
「…でも、」
掴んだままだった牛尾の手の甲に頬を寄せ、
「火とかとは違って熱くなんかないのだ、丁度良くあったかいのだ。冷たくもないのだ。血は通ってるのだ。」
きょとんとした牛尾に不敵とも言えるような笑みを投げ、
「手袋越しでもな、人の手だってことぐらいは、判るのだ。」
 そうして、ぽいっと放り投げるように手を放し、あーあっと背伸びする。鮮やかなピンク色の髪の毛がふわりと揺れた。
「帰るのだ。手袋はもうどうでもいいのだ、外したくなったら外せばいいし着けたければ着けてればいいのだ。」
「え……」
「じゃあな。また明日。」
 てきぱきと荷物を持ち、部室のドアを開けてあっという間にその場から消えてしまった。外の方から帰るぞ三象などと言っている声が聞こえた。



 「…今まで、待たせてたの……」
ぽかんとしていた牛尾がやっと言ったその言葉は、やはり誰にも聞こえなかった。




























 ずいぶんあとになって実際に合宿があったとき、包帯の巻かれた手の平を見ても、鹿目は何も言わなかった。包帯を取っても、特に何を言うでもなく、取った包帯を出来うる限り伸ばして三象の顔にぐるぐる巻こうとしていた。みいら男なのだちょっと早いハロウィンなのだなどと言ってはしゃぐ鹿目を、牛尾は少し微笑いながら見ていた。





















 よく分からない人だと思う。そして鋭い人だと思う。




 だけど、優しいひとなのかもしれないとも思う。















 二年経ってもそんな牛尾の中の鹿目の評価は変わらなくて、鹿目の態度もほとんど変わらなかった。親しくもない、よそよそしくもない、熱くもなくて冷たくもなくて丁度良いあったかさ。






 そんな関係が、どうしてか自分には嬉しかった。





































 着替え終わって荷物を持ち部室を出ると、鹿目がちょうどグラウンドから上がってきた。

 お前にしては早いのだ、ははっ僕はまだ自宅でも練習するつもりだから。



 何気ない短いやりとりのあと、ふっと言ってみた。











 僕らって、鹿目くんの言う僕の手みたいだね。














 「……お前、どうかしたのか?」
 思いっきり怪訝そうにそう言ってきた鹿目に、はは、とまた笑う。
「なんでもないよ。兎丸くんに妙なことを言われて、ちょっと色々思い出したんだ。」
「ふうん…?」
 どうでもよさげな生返事をし、鹿目はすたすたと部室へ向かった。後ろを、どすどすと三象が付いていく。
 「それじゃ、また明日ね鹿目くん、三象くん。」
「ああ。またな。」
「があああ。」




 極端な大小二つの影が部室に消えるのを見届けた後、牛尾は再び歩を進め始めた。













                                 ------------------End.
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 初期の文章にしては結構気に入っているお話。鹿目に牛尾と、特に好きなキャラばかりだからかもしれませんが(笑) 兎丸と牛尾って組み合わせも大好きなんですよ!そして鹿目さんが、どんな組み合わせだろうがどうしようもなく好き(ぇ) 「なのだ」って付けるだけで楽しいです。毒舌考えるのは大変ですが。すごく現実的で厳しい考え方してて、プライド高くて強くって、でもヘンに子どもっぽい。…ツボなんでしょうかね(笑)


 話のポイントとしては、牛尾さんの年中手袋・しかもその下には火傷の古傷って設定はよく考えてみるとかなりおいしいのではないかな・という(しょーもねェェェ!)